20250403早天祈祷会
聖書:使徒10:44-48
題目:神様の時と方法
賛美:445、449
説教:高曜翰 副牧師
場所:大阪中央教会
聖書本文(使徒10:44−48)
ペテロがこれらの言葉をまだ語り終えないうちに、それを聞いていたすべての人に聖霊が下りました。
ペテロと共に来ていた割礼を受けたユダヤ人の信者たちは、異邦人にも聖霊の賜物が注がれたのを見て驚きました。
それは彼らが異言を語り、神を賛美しているのを聞いたからです。
そこでペテロは言いました。
「この人たちが私たちと同じように聖霊を受けたのだから、誰が水のバプテスマを授けるのを拒むことができるでしょうか。」
こうしてペテロは、彼らにイエス・キリストの名によってバプテスマを受けるよう命じました。
そしてコルネリオたちは、ペテロに数日間とどまってくれるよう願いました。
1.本文解説
① コルネリオたちに聖霊が降った
ペテロが話し終える前に、コルネリオたちはイエスを信じ、救われました。
そして聖霊が降り、異言で話し始めました。
異言を聞いたことで、聖霊が降ったことが分かりました。
異言を伴わない回心もありますが、異言は回心の一つの証拠になります。
ペテロと一緒に来たユダヤ人の信者たちは非常に驚きました。
なぜなら、割礼を受けていない異邦人が救われ、聖霊を受けたからです。
それまで「信じる者は誰でも救われる」という言葉は、主にイスラエル人を指していると考えられていました。
しかしこの出来事によって、本当に「信じる者は誰でも」救われることが明らかになりました。
② ペテロはコルネリオたちに洗礼を授けた
通常は、水のバプテスマを受けた後に聖霊によるバプテスマが起こります。
しかしここでは順序が逆になりました。
先に聖霊が降ったため、ペテロは「水のバプテスマを拒む理由はない」と言いました。
こうして異邦人にもバプテスマが授けられることになりました。
それまでユダヤ人の間で行われていた洗礼が、異邦人にまで広がったのです。
ペテロは洗礼を授けた後も、コルネリオの家にしばらく滞在しました。
2.適用
① 神様には時と方法がある
聖書は次のように語っています。
「天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。」
(伝道の書3:1)
コルネリオたちは、ペテロの説教の途中で聖霊に満たされました。
これは私たちの考えるタイミングとは違う出来事でした。
一般的には、悔い改めて水のバプテスマを受け、その後に聖霊に満たされます。
しかし、順序が異なる場合もあります。
ペテロを通して起こったペンテコステの出来事も、それぞれ方法が違いました。
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ユダヤ人に対して:祈っている時、激しい風と炎のような舌が現れた(使徒2章)
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サマリヤ人に対して:使徒たちが手を置いたとき(使徒8章)
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異邦人に対して:メッセージの途中で聖霊が降った(使徒10章)
このように、神様にはそれぞれの時と方法があります。
私たちの考えと違う時や方法であっても、それを受け入れる必要があります。
② 御言葉を聞いて救われる
聖書はこう語っています。
「あなたがたが御霊を受けたのは、律法を行ったからか、それとも聞いて信じたからか。」
(ガラテヤ3:2)
確かなことは、人は御言葉を聞いて救われるということです。
御言葉なしに救いはありません。
救いは行いによるものではありません。
たとえ行動が悪く、性格が悪く見える人であっても、御言葉によって救われることがあります。
そして救われた後、人格が少しずつイエス様に似ていきます。
過去に悪いことをしていた人が、すぐにすべての習慣を変えられるわけではありません。
しかし、その人は変えられている途中にあります。
その人が神様から離れないように祈ってあげることが大切です。
③ どんな場所でも御言葉を与え続けよう
イエス様はペテロにこう言われました。
「あなたが若かった時には、自分で帯をしめて思いのままに歩き回っていた。
しかし年をとると、あなたは手を伸ばし、ほかの人があなたに帯を結びつけ、行きたくない所へ連れて行くだろう。」
(ヨハネ21:18−19)
これはペテロがどのように神の栄光を表す死を迎えるかを示した言葉でした。
そしてイエス様はその後、「わたしに従ってきなさい」と言われました。
神様の時に、神様の方法で人々が救われます。
では、そのために私たちにできることは何でしょうか。
それは御言葉を伝え続けることです。
イエス様はペテロに、将来、人に連れられて行きたくない場所に行くことになると言いました。
それでも「わたしに従いなさい」と命じられました。
ペテロが困難な道を歩むのは、イエス様がそれだけ彼を信頼しているからです。
私たちも神様の働きをする時、思い通りにならないことが多くあります。
能力の高い牧師、すぐに実りが現れる教会、裕福な信徒が多い教会などを見ると、
自分と比較して惨めな気持ちになることがあります。
能力や努力が足りないのではないかと悩むこともあります。
しかし、そうではありません。
苦労する道を歩む人こそ、神様の愛をより深く知ることができます。
大変な道を歩んでいるとき、それは神様が私たちを信頼している証拠でもあります。
3.まとめ
① 神様にはそれぞれの時と方法があります。
② 私たちの役割は、神様の時が来るまで御言葉を伝え続けることです。
③ 苦しい環境に私たちが置かれているとき、それは神様が私たちを信頼しておられるからです。


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