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ピラトの尋問(ヨハネ18:33-38)
고요한 2026-03-18 추천 0 댓글 0 조회 18

 

20250416苦難週間早天祈祷会

聖書:ヨハネ18:33-38
題目:ピラトの尋問
賛美:150、151

説教:高曜翰 副牧師

場所:大阪中央教会


1.本文解説

(1)イエスにかけられた罪

イエスは、ユダヤとローマでそれぞれ異なる罪で訴えられました。

ユダヤでは「神聖冒涜罪」とされ、本来は石打ちの刑に処されるべきものでした。
しかし当時ユダヤ人には死刑を執行する権限がなく、それはローマに奪われていました。

そのため、ローマで裁かせる必要がありましたが、宗教的な罪である冒涜罪ではローマは取り合いません。
そこで彼らは罪をすり替え、「反逆罪」として訴えました。

  • ユダヤの民を惑わしている

  • カイザルへの納税を禁じている

  • 自らを王と名乗り、カイザルに反抗している

こうして夜明けとともに、イエスはピラトのもとへ引き渡されました。

一方でユダヤ人たちは、過越の祭りのために異邦人の建物に入ることを避けました。
彼らは儀式的な汚れを気にしていながら、人を殺すという罪には無関心でした。

そのためピラトが外に出て対応することになります。


(2)ポンテオ・ピラトという人物

ピラトは紀元26年から36年までユダヤを治めた総督でした。
通常はカイザリヤに滞在していましたが、祭りの時期には暴動を防ぐためエルサレムに来ていました。

彼は残忍な人物として知られ、ユダヤ人から嫌われていました。
ユダヤ人たちはすでに裁判は終わっているとして、あとはローマが承認すればよいという態度でした。

しかしピラトはローマ法に忠実な人物でもあり、
この訴えが宗教的問題や妬みによるものであることを見抜いていました。

本来であれば、宗教問題にローマ法を適用するつもりはありませんでしたが、
実質的にユダヤを統治しているサンヘドリンを無視することもできない状況にありました。


(3)「あなたはユダヤ人の王なのか」

ピラトはまず、「あなたはユダヤ人の王なのか」と尋ねました。
これは政治的な王、すなわちローマに反逆する存在かどうかを確認する質問でした。

またそこには、「このような状態のあなたが王なのか」という皮肉も含まれていました。

これに対してイエスは、
「それはあなた自身の言葉か、それとも他の人から聞いたものか」と問い返されました。

ピラトは「私はユダヤ人なのか」と答え、自分はそのような宗教問題に関心がないことを示します。
つまり彼は、ユダヤ人の訴えをそのまま扱っているだけでした。

さらにピラトは「あなたの国の人々があなたを引き渡した」と述べ、
イエスが自分の民に見捨てられたことを指摘しました。


(4)「あなたは何をしたのか」

ピラトは続けて、「あなたは一体何をしたのか」と尋ねます。
もし本当に王であれば、民に見捨てられるはずがないと考えたからです。

イエスはこう答えられました。
「わたしの国はこの世のものではない」

これは、ローマに対して反逆する存在ではないことを意味しています。
もしこの世の国であれば、弟子たちが戦っていたはずですが、そうではありません。

イエスの王権は、この世の武力によって支えられるものではないのです。


(5)「それでは、あなたは王なのだな」

ピラトは再び確認します。「それでは、あなたは王なのだな」

イエスはこれを認められました。
しかしそれはこの世の王ではなく、「真理を証しする王」であるという意味でした。

イエスは言われます。
「わたしは真理について証しするために生まれ、この世に来た。真理に属する者は、わたしの声を聞く」


(6)「真理とは何か」

ピラトは「真理とは何か」と言いました。
しかしそれは真剣な問いではなく、皮肉でした。

彼は真理に関心がなく、この世での成功や地位に関心を持っていました。
そのためイエスの答えを待つことなく、その場を去ってしまいます。

しかしピラトは、イエスに罪がないこと自体は理解していました。
「この人には何の罪も見いだせない」と宣言しています。

それにもかかわらず、イエスを解放しませんでした。
それはユダヤ人の反発による暴動を恐れ、自分の地位を守るためでした。


2.適用

(1)真理に無関心な心の危険

ピラトの問題は、真理に関心がなかったことです。

彼はイエスが無罪であると知りながら、解放しませんでした。
なぜなら、自分の地位を失うことを恐れたからです。

つまり彼にとっては、真理よりも自分の安全や成功の方が重要だったのです。
その結果、総督という高い地位にありながら、正しい決断ができませんでした。

同じことはユダヤ人たちにも見られます。
彼らもイエスが無罪であると知りながら告発しました。

  • ローマに目をつけられることを恐れ

  • 自分たちの立場を守ろうとし

  • 表面的な宗教的清さには気を使いながら

  • 偽証や殺人という重大な罪を犯していました

そしてこの問題は、現代の教会に通う人々にも見られます。

  • 神様がどのようなお方かに関心がない

  • 神様が何を求めておられるかに関心がない

  • 自分の願いや成功にばかり関心がある

  • 神様ご自身よりも、祝福に関心がある


(2)神様に目を向ける生き方

①「イエスはあなたの王か」

ピラトはイエスを「ユダヤ人の王」としか見ませんでした。
ユダヤ人たちは「偽りの王」としてしか見ませんでした。

では私たちはどうでしょうか。
イエスを、自分の王として受け入れているでしょうか。

②「イエスは何をしたのか」

ピラトはイエスの政治的な行動にしか興味がありませんでした。
ユダヤ人たちは、自分たちに不利益を与える存在としてしか見ませんでした。

しかし私たちは、イエスが自分のために苦しみ、死なれたことを受け入れる必要があります。

③「真理とは何か」

聖書はこう語ります。

「わたしは道であり、真理であり、命である」(ヨハネ14:6)

真理とは、誰も否定できない変わらないものです。
しかし人はしばしば、自分自身を基準として「自分が正しい」と考えます。

ピラトもユダヤ人たちも、自分を中心に据えていました。
しかし真理は、イエス・キリストただお一人です。

真理を求める人は、自分の誤りを認めることができます。


結論

私たちは自分の間違いを受け入れ、
イエス・キリストこそが真理であると告白しましょう。

そして真理に従って生きる歩みへと導かれていきましょう。​ 

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