20250417苦難週間早天祈祷会
聖書:ルカ23:8-12
題目:ヘロデの尋問
賛美:154、160
説教:高曜翰 副牧師
場所:大阪中央教会
1.本文解説
(1)ヘロデ・アンティパスという人物
ヘロデ・アンティパスは、非常に軽率な性格の人物でした。
彼はもともとナバテヤ王国の王女と結婚していましたが、
自分の兄弟であるヘロデ・フィリップの妻と結婚してしまいます。
この不正を非難したバプテスマのヨハネを逮捕し、
最終的にはヘロデヤの娘サロメの願いに従って、ヨハネを処刑しました。
彼の特徴は、「楽しければよい」という生き方にありました。
ヨハネの説教を喜んで聞いていたものの、自分の生き方を変える気はありませんでした。
また、イエスのうわさを聞いたときには、死んだヨハネが生き返ったのではないかと恐れました。
イエスはこのヘロデを「狐」と評されました。
それは、価値がなく有害な存在であることを意味しています。
(2)裁判の場における様子
①ヘロデの関心
ヘロデがイエスに会って喜んだのは、ただ奇跡を見たいという興味からでした。
彼は、ピラトがユダヤ人たちだけで問題を解決してほしいと願っていたにもかかわらず、それを無視しました。
また、祭司長や律法学者たち(サドカイ人やパリサイ人)が激しく訴えているにも関心を示しませんでした。
さらに、イエスが無罪であることを理解しながらも、解放しようとはしませんでした。
②イエスの態度
イエスは、アンナス、カヤパ、そしてピラトには応答されましたが、
ヘロデに対しては何もお答えになりませんでした。
ヘロデは兵士たちと共にイエスを侮辱し、嘲りましたが、
イエスはそれに対して沈黙を保たれました。
ここから分かるのは、軽薄な態度で真理に向き合わない者に対して、
イエスはあえて答えられないということです。
③ヘロデの最終的な行動
通常、王が質問すれば答えが返ってくるのが当然と考えられていました。
しかしイエスが何も答えないため、ヘロデはやがて飽きてしまい、ピラトのもとへ送り返します。
その結果、それまで敵対していたピラトとヘロデは、この出来事をきっかけに親しくなりました。
これは、異邦人とユダヤ人が手を結び、神に逆らう姿を象徴しています。
2.適用
(1)楽しみだけを求める心への警告
この世の楽しみだけを求める者に対して、神様は答えられないことがあります。
ヘロデは、ヨハネの説教を聞いて楽しみながらも、自分の人生を変えようとはしませんでした。
また、イエスが送られてきたときも、その意味を考えようとはせず、
ただ奇跡を見て楽しもうとしました。
さらに、サドカイ人やパリサイ人の必死な訴えにも関心を示しませんでした。
彼の関心は一貫して、自分の楽しみだけに向けられていました。
このような姿は、アンナスやカヤパ、ピラト以上に深刻であると言えます。
なぜなら、真理そのものに無関心だからです。
ヘロデのような人に対して、神様は沈黙されます。
彼が「今さえ良ければよい」と考えていた背景には、
家族の中で兄たちが父によって殺されたという過去があった可能性もあります。
また、王として不自由のない生活が、未来や真理から目を背けさせたとも考えられます。
(2)私たち自身への問いかけ
なぜ神様が答えてくださらないと感じるのでしょうか。
それは、私たちの中にもヘロデのような軽薄な心があるからかもしれません。
本来すべきことがあるのに、「何か楽しいことはないか」と考えて生きていないでしょうか。
また、説教が上手な牧師の話を聞いて、それで満足して終わっていないでしょうか。
例えば、
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礼拝に出て清くなったつもりになる人
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祈って願いがかなったことだけを喜ぶ人
-
聖書を読んで賢くなったと思う人
このような姿は、真理に向き合っているとは言えません。
3.まとめ
私たちは、ヘロデのようにこの世の楽しみだけを追い求める生き方をやめる必要があります。
そのような心のままでは、神様は語ってくださらないからです。
そして、快楽ではなく苦しみにも目を向けていくとき、
私たちはそれを通して、より大きな神の愛を知ることになります。
結論
快楽ではなく真理を求め、
神様の語りかけに応答できる心で歩んでいきましょう。


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