20250419土曜祈祷会
聖書:サムエル上17:32-37
題目:ダビデ―不幸な家庭環境でも愛された者
説教:高曜翰 副牧師
場所:大阪中央教会
1.本文解説
① ダビデの不幸な家族環境
ダビデの人生は、決して恵まれた家庭環境から始まったわけではありませんでした。むしろ、多くの苦しみと痛みの中を歩んできた人物です。
父エッサイからは軽く扱われ、預言者サムエルが来た時にも最初から呼ばれることはありませんでした(16:6−11)。兄エリアブからは軽んじられ、戦場でも見下される言葉を受けました(17:28)。また、後に妻となるミカルからも軽蔑されることがあり(サムエル下6:16)、家庭の中でも理解を得られない苦しみがありました。
さらに、妻の父であるサウル王から命を狙われ(18:11)、常に死の危険と隣り合わせの人生を送ります。親友ヨナタンは戦死し(サムエル下1:11)、息子アブサロムには反乱を起こされ(サムエル下15:13)、家庭は大きく崩れていきました。
また、息子アムノンはアブサロムに殺され(サムエル下13:28)、娘タマルはアムノンによって辱めを受けるという悲劇も起こります(サムエル下13:14)。さらには、別の息子アドニヤによる反乱の問題も起こりました(列王記上1:5)。
このようにダビデの人生は、家族関係において多くの悲しみと苦しみを抱えたものでした。
② 最も神様に愛された人物
しかし、そのような苦しみの中にあっても、ダビデは「神様に愛された者」として歩みました。
「主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない。…たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。」(詩篇23:1-4)
彼は多くの困難を経験しながらも、「乏しいことがない」と告白しています。また、命の危険の中でも「わざわいを恐れない」と言い切ることができました。
それは、神様が共におられるという確信があったからです。この信仰の姿から、ダビデがどれほど神様に愛され、また神様を愛していたかが分かります。
③ 神様との出会い
ダビデは、孤独の中で神様と深く出会いました。
彼は八番目の末っ子として、ひとりで羊の世話を任されていました。羊飼いの仕事は決して華やかなものではなく、むしろ人々が避けたがるような仕事でした。しかし、その孤独な環境の中で、ダビデは神様と向き合う時間を持ったのです。
獅子や熊と戦う経験を通して、神様が自分を守ってくださる方であることを体験的に知りました。そしてその経験が、後のゴリアテとの戦いにおける確信へとつながっていきます。
ゴリアテは身長約2.9メートル、重い鎧をまとった圧倒的な存在でした。サウル王や兵士たちは40日間も恐れて動けませんでしたが、ダビデは恐れませんでした。
なぜなら、彼の本当の武器は石や投石器ではなく、「万軍の主の御名」だったからです。過去に助けてくださった神様が、今回も必ず助けてくださるという確信があったのです。
④ ダビデの姿勢
ダビデの人生の特徴は、神様との関係にあります。
彼は神様を単なる祝福を与えてくださる存在としてではなく、人生のパートナーとして迎え入れました。サウルが神様からの祝福に目を向けていたのに対し、ダビデは神様ご自身を喜びとしていたのです。
また、苦難や孤独の中でも神様を責めることはありませんでした。サウルが人のせいにして誤った行動を取ったのとは対照的に、ダビデは常に自分の心を神様の心に合わせようとしました。
その結果、サウルからは人々も神様も離れていきましたが、ダビデには多くの良い人々が集まり、何よりも神様の恵みと愛が豊かに注がれました。
2.まとめ
ダビデの人生は、多くの苦しみと困難に満ちていました。しかし彼は、その中で神様と深く出会い、神様を人生の中心に据えて歩み続けました。
私たちもダビデのように、環境や人ではなく神様に心を向け、神様に自分の心を合わせて生きるならば、神様からも人々からも愛される存在へと変えられていきます。


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