20250507早天祈祷会
聖書:使徒14:1–7
題目:イコニオム
賛美:445、449
説教:高曜翰 副牧師
場所:大阪中央教会
1.本文解説
(1)イコニオムでの宣教
パウロとバルナバは、イコニオムでもいつものようにユダヤ人の会堂に入り、御言葉を語りました。
イコニオムは小アジアの中心にあるガラテヤ州の町で、ピシデヤのアンテオケから約140km南東に位置しています。
そこでの宣教の結果、ユダヤ人だけでなくギリシャ人の中からも多くの人々が信じました。
しかし一方で、福音を拒絶したユダヤ人たちは、異邦人たちをそそのかし、信じた人々に対して悪意を抱かせました。
そのような状況の中で、パウロとバルナバはイコニオムに長くとどまることを選びました。
日本語訳では「それにもかかわらず」となっていますが、原文のニュアンスはむしろ「だから」です。
ピシデヤのアンテオケでは撤退しましたが、ここでは「だからこそ」残ったのです。
具体的な期間は不明ですが、数ヶ月は滞在したと考えられます。
(2)町の分裂と激しい反対
しかし、町の人々は二つの派に分かれました。
ある者はユダヤ人側に、ある者は使徒たち側についたのです。
神はパウロとバルナバに、しるしと奇跡を行う力を与えられました。
それによって、神の恵みの言葉が力強く証しされました。
ここで注目すべきは、ルカがパウロとバルナバを「使徒」と呼んでいることです。
本来、使徒という言葉は12弟子に使われることが多いですが、ここでは彼らもその働きを担う者として認められています。
町が二分される出来事は、世の人々から見れば迷惑なことのように見えます。
しかしこれは、神の言葉が人々の心に深く入り込んだ証でもあります。
やがて反対派は、パウロとバルナバを辱め、石で打ち殺そうとしました。
ピシデヤのアンテオケと同じように、命の危険が迫ってきたのです。
(3)撤退と継続される宣教
パウロとバルナバはその危険を察知し、ルカオニヤ地方のルステラやデルベへと逃れました。
しかし、彼らは宣教をやめたわけではありません。
場所を変えながらも、福音を語り続けました。
命の危険があれば撤退する、しかし福音を伝えることは決してやめない。
これが彼らの姿勢でした。
また、彼らは相手の悪意に怯むことはありませんでした。
むしろ迫害を、新しい場所へ福音を広げる機会として受け止めていたのです。
2.適用
(1)福音による分裂は必ずしも悪ではない
福音が語られるとき、分裂が起こることがあります。
信仰のゆえに、家族の中でさえ対立が起こることがあります。
そのとき、多くの人は「分裂は悪いことだ」と考え、信仰から離れてしまうこともあります。
また、聖書の教えそのものが問題であるかのように感じてしまうこともあります。
しかし、平和は良いものですが、真理のない平和には意味がありません。
イエスはこう言われました。
「わたしは平和ではなく、むしろ分裂をもたらすために来た」と。
分裂が起こるということは、真理に気づいた人がいるという証拠でもあります。
闇から光へと進むとき、必ず反対が起こるのです。
だからこそ、そこで諦めてはいけません。
(2)反対の中でも福音を伝え続ける
パウロとバルナバは、命の危険を感じたときには撤退しました。
アンテオケでもイコニオムでも同じです。
しかし、反対されたからといって福音を語ることをやめることはありませんでした。
その結果、町全体に福音が広がっていきました。
大切なのは、反対があったからやめることではなく、
福音が広がるまで語り続けることです。
ただし、どこまで留まるか、いつ離れるかは、人間の判断だけではなく、
聖霊の導きに委ねる必要があります。
3.まとめ
パウロとバルナバは、分裂や反対に直面しても立ち止まりませんでした。
私たちも同じように、反対や困難があっても歩みを止めるのではなく、
福音を伝え続ける者でありましょう。
町全体に福音が広がるまで、主に従い続けていきましょう。


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