聖書:使徒14:20-28
題目:デルベからの帰り道
賛美:457、469
説教:高曜翰 副牧師
場所:大阪中央教会
1.本文解説
(1)石打ちにされたパウロの回復とデルベへの出発
アンテオケとイコニオムから来たユダヤ人たちは、ルステラの人々を扇動し、パウロを石打ちにしました。
パウロは死んだものと思われ、町の外に引きずり出されて捨てられてしまいます。
しかし、パウロを信じた人々が彼を取り囲みました。
彼らは、もし生きているなら癒しの祈りをしようとし、もし死んでいるなら埋葬しようとしていたのかもしれません。
するとパウロは起き上がり、自ら町の中へ入って行きました。
これは神様による奇跡的な癒しであり、人々はパウロが自分の足で町に戻れるほど回復した姿を目撃しました。
その場には、後に弟子となるテモテがいた可能性もあります。
そして翌日、パウロはバルナバとともにデルベへ向かいました。
デルベはガラテヤ州の東に位置するローマ帝国の東端の都市であり、ここでの伝道は非常に歓迎され、特に大きな反対はありませんでした。
(2)あえて来た道を引き返した理由
デルベでの宣教を終えた後、そのままシリアのアンテオケへ戻ることもできました。
しかしパウロたちは、あえて来た道を引き返し、ルステラ、イコニオム、ピシデヤのアンテオケへと戻っていきます。
そこには敵も多くいましたが、同時に福音を信じた人々もいました。
パウロたちは、その信徒たちを励ますために危険を承知で戻ったのです。
彼らは、伝道の後には弟子訓練が必要であることをよく理解していました。
苦労の中で福音を受け入れた人々を放っておかず、信仰にとどまるよう励ましました。
その中でパウロは、はっきりと語ります。
「私たちが神の国に入るには、多くの苦難を経なければならない。」
つまり、なぜ迫害があるのかを説明し、キリスト者として苦難は避けられないものであることを教えたのです。
さらに彼らは、各教会に長老を任命し、教会を組織化しました。
おそらく会堂で指導的立場にあった人々が、教会の長老として立てられたのでしょう。
そして断食して祈り、最終的には彼らを神様に委ねました。
(3)帰路と宣教報告
その後、パウロたちはパンフリヤのペルガへ行きました。
ここは以前、マルコが離脱した場所です。その時は御言葉を語りませんでしたが、今回はしっかりと福音を伝えています。
一方で、キプロス島には戻りませんでした。
そこでは総督が回心しましたが、教会は形成されなかったと考えられます。
そして彼らはシリアのアンテオケへ帰り、教会に集まった人々に宣教報告を行いました。
神が共に働いてくださったこと、そして異邦人に信仰の門が開かれたことを分かち合ったのです。
その後、彼らはしばらくの間、弟子たちと共に過ごしました。
なお、第一回宣教旅行で訪れた地は次の6か所です。
キプロス、ペルガ、ピシデヤのアンテオケ、イコニオム、ルステラ、デルベです。
2.適用
(1)フォローアップの重要性
イエス様はペテロにこう言われました。
「わたしの小羊を養いなさい」(ヨハネ21:15)
新しく福音を受け入れた人は、それまでとは全く違う世界に入ります。
自分中心の人生から、キリスト中心の人生へと変えられるのです。
そして、キリストのために苦労するようにもなります。
そのため、助けがなければ信仰を保ち続けることは非常に困難です。
(2)弟子訓練の必要性
伝道することまでは私たちの役割ですが、受け入れるかどうかは本人の問題です。
しかし、もし受け入れたなら、その人を世話する責任が私たちにあります。
もちろん、信仰を強要してはいけません。
しかし、受け入れた人を導き、育てることは非常に重要です。
(3)私たちへの適用
私たちも、今教会にいる人々をフォローしていく必要があります。
弟子訓練を受けていない人は、信仰的に倒れやすいからです。
また、人に依存させるのではなく、イエス・キリストに目を向けさせることが大切です。
忙しさの中で後回しにしがちですが、弟子訓練を忘れてはなりません。
3.まとめ
パウロとバルナバが行ったように、
私たちも福音を受け入れた人々をそのままにせず、しっかりとフォローアップしていきましょう。
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