20250521早天祈祷会
聖書:使徒15:36-41
題目:パウロとバルナバの決裂
賛美:385、384
説教:高曜翰 副牧師
場所:大阪中央教会
1.本文解説
① 第二回伝道旅行の提案と対立の始まり
何日か経った後、パウロはバルナバに対して、再び伝道旅行に出ることを提案しました。
それは、これまで主の言葉を伝えた町々をもう一度訪れ、兄弟たちがどのように過ごしているかを確認するためでした。対象となったのは、第一回伝道旅行で教会が設立された地域、すなわちピシディアのアンテオケ、イコニオム、ルステラ、デルベなどです。
これらの教会は、ユダヤ人からの迫害の中にありました。そのため、信仰が保たれているかどうかを確認する必要がありました。
ここから分かることは、伝道は一度語って終わりではないということです。
継続的なフォローアップが必要なのです。
そのとき、バルナバはマルコ(ヨハネ)も一緒に連れて行こうとしました。
マルコはバルナバの従兄弟であり、以前パンフリヤで途中離脱した人物です。
バルナバは、そのような過去があっても、彼にもう一度チャンスを与えようとしました。失敗した人に再び機会を与える姿勢は、非常に大切です。
しかしパウロはこれに反対しました。
彼は宣教の厳しさを深く理解しており、責任を持って働けない者を同行させるべきではないと考えたのです。
使命の重さを考えると、責任感や信頼性は非常に重要です。チームの一人の行動が全体に影響を与えるからです。
このように、両者にはそれぞれ正当な理由がありました。
② 激しい対立と別々の道
この問題によって、パウロとバルナバの間に激しい対立が起こりました。
それは単なる意見の違いではなく、感情的な衝突を伴うものでした。約8年にわたる協力関係が、ここで解消されることになります。
教会のリーダー同士の対立は、大きな問題となり得ます。しかしここで注目すべきは、聖霊に導かれている人物同士であっても、意見がぶつかることがあるという事実です。
その結果、二人は別々の道を歩むことになりました。
バルナバはマルコを連れて船でキプロスへ向かいました。そこは彼の故郷でもあります。第一回伝道旅行では教会設立の詳細は記されていませんが、バルナバの働きによって教会が存在していた可能性が高いと考えられます。
③ 新しい宣教チームの誕生
一方パウロは、シラスを選びました。
シラスはエルサレム教会から派遣された預言者であり、信頼できる同労者でした。教会もこれを認め、主の恵みに委ねて送り出しました。
聖書には明確には書かれていませんが、バルナバたちも祝福されずに出発したとは考えにくいでしょう。ただし、記述の流れから見ると、アンテオケ教会はパウロの働きをより強調していたとも考えられます。
パウロはシラスと共に、陸路でシリヤとキリキヤを巡りました。キリキヤには彼の故郷タルソがあり、この地域の教会は彼の関わりの中で形成されたものと考えられます。
彼らは各地の教会を巡り、福音を伝えるだけでなく、信徒たちを励まし、力づけました。
なお、パウロとバルナバは宣教チームとしては別れましたが、関係そのものが断絶したわけではありません。後の書簡の中で、パウロはバルナバやマルコの名前を挙げています。
特にマルコについては、後に「役に立つ者」と評価しています。これは、バルナバの忍耐と育成の実りであると言えるでしょう。
2.適用
① 神は人の弱ささえも用いられる
この出来事から学ぶべき第一のことは、神は人の弱ささえも用いられるということです。
パウロとバルナバは、マルコを巡って対立しました。しかし、どちらの主張にも正しさがあります。
- バルナバは回復の機会を重視した
- パウロは使命の責任を重視した
どちらか一方だけが正しく、もう一方が間違っていると単純に決めつけるのは危険です。
重要なのは、二人とも聖霊に従おうとしていたという点です。
その結果、宣教はどのようになったでしょうか。
- 宣教チームは一つから二つに増えた
- 二方向に同時に福音が広がった
- それぞれの働きが実を結んだ
さらに、マルコは後に大きく成長し、ペテロの協力者となり、福音書の著者となりました。
② 分裂の中でも罪を犯さない
私たちは、対立や分裂が起こるとき、特に注意が必要です。
人はそのような状況で、簡単に人を批判し、罪を犯してしまいます。
ユダヤ人たちも分裂の中でイエスを十字架につけました。しかしその出来事さえも、神は救いの計画の中で用いられました。
だからといって、分裂を正当化してよいわけではありません。
むしろ私たちは、そのような時こそ慎み、罪を避けるべきです。
③ 福音は神の主権によって進む
福音は、人間の完全な一致によって進むのではありません。
神の主権によって進められるのです。
私たちの教会も、聖霊の導きの中で一致することを目指すべきです。しかし、現実には意見の違いから分かれることもあります。
そのとき、無理に表面的な一致を作るのではなく、神の主権を信頼することが大切です。
神は、分裂さえも用いて、ご自身の御業を進められるお方です。
3.まとめ
私たちは、
- 聖霊の導きの中で一致を求めつつ
- たとえ違いが生じたとしても
- 神の主権が働いていることを信じる
そのような教会でありましょう。
分裂の上にも、神の御手は確かに働いています。


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