20250528早天祈祷会
聖書:使徒16:16-24
題目:宣教に対する社会的・経済的反発
賛美:338、341
説教:高曜翰 副牧師
場所:大阪中央教会
1.本文解説
① 占いの霊につかれた女奴隷との出会い
パウロたちは、祈りの場へ行く途中で、占いの霊につかれた女奴隷に出会いました。彼女は占いによって主人たちに大きな利益をもたらしていた人物でした。
パウロたちは、ルデアの回心の後も継続して水辺で伝道しており、祈りの場に定期的に通っていました。なぜ他のユダヤ人男性がいそうな町へ行かなかったのかについては明確ではありませんが、ルデアとの出会いを通して、女性たちへの伝道に重点が置かれるようになった可能性も考えられます。
この女奴隷は、ギリシャ語で「プニューマ・ピュトーナ」と呼ばれる霊に取りつかれていました。ピュトンとはギリシャ神話に登場する蛇の名であり、アポロン神殿の巫女ピュティアの語源ともなっています。つまり彼女は、ギリシャ的な占いの霊の影響下にあったのです。
彼女は何日にもわたってパウロたちの後をつけ、「この人たちは、いと高き神の僕たちで、あなたがたに救いの道を伝えるかただ」と叫び続けました。この言葉は一見正しいように思えますが、悪霊を通して語られる言葉は、混乱や誤解を引き起こします。たとえ内容が正しく見えても、その動機や発生源が悪である場合、それは危険なものとなります。
② 悪霊の追い出しと逮捕
パウロはついに、その女奴隷から悪霊を追い出しました。
「イエス・キリストの名によって命じる。その女から出て行け」と命じると、その瞬間、霊は彼女から出て行きました。これは伝道活動の妨げになると判断したためでした。
しかし、この出来事によって彼女の主人たちは、自分たちの利益を得る望みが絶たれたことに気づき、パウロとシラスを捕らえました。彼らは二人を広場へ引きずって行き、長官たちの前に訴え出ました。これは法的に裁くための行動でした。
当時ローマでは、ユダヤ人はしばしば問題視されていました。主人たちは、「この人たちはユダヤ人であり、町をかき乱している」と訴えました。ユダヤはローマにとって生産性の低い地域と見なされており、一神教であることも、ローマの多神教的寛容政策の中で緊張を生む要因となっていました。また、ユダヤはパルティア防衛の前線であり、エジプトへ通じる重要な通路でもありました。
③ 鞭打ちと投獄
パウロとシラスは、鞭打たれたうえで牢獄に入れられました。
長官たちは、「ローマ人である自分たちが受け入れることも実行することもできない風習を広めている」として、彼らを訴えました。ローマでは、属州の人々が自分たちの民族宗教を持つことは認められていましたが、ローマ市民が外国の宗教を受け入れることは好ましくないとされていました。外国宗教が広まることで、社会秩序が乱されると考えられていたのです。
本来、宗教問題であればローマは介入しない傾向にありましたが、この件は騒乱罪として扱われ、パウロとシラスは鞭打ちの刑を受けることになりました。ユダヤ人の刑罰とは異なり、ローマには鞭打ちの回数制限がなく、非常に激しい暴力が加えられることもありました。
さらに彼らは裁判もないまま牢屋に入れられ、逃げられないように奥の獄屋に閉じ込められ、足かせをしっかりとかけられました。この出来事には、ユダヤ人に対するローマ人の反感も表れていると考えられます。
2.適用
① 経済的・社会的反発を乗り越えて伝道する
パウロの行動は、人々の経済状況に影響を与えました。占いによって利益を得ていた者たちは、その収入を失ったのです。
このように、人がキリストによって救われるとき、時には経済的な損失が生じることがあります。また福音を伝えることによって、社会的な圧力や苦しみを受けることもあります。パウロとシラスは実際に騒乱罪として訴えられ、鞭打たれ、牢に入れられました。
しかし、私たちは心配する必要はありません。
「あなたがたは、この世ではなやみがある。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている。」(ヨハネ16:33)
イエス・キリストはすでに世に勝利しておられます。
だからこそ、今の苦しみは一時的なものであり、やがて必ず癒され、主と共に勝利を喜ぶ日が来ます。悩みがあること自体は避けられませんが、その中にあっても神は平安を与えてくださいます。
② 大阪中央教会への適用
私たちの教会も、経済的・社会的な孤立を恐れることなく、福音を大胆に語る教会でありたいと願います。
私たちが韓国人であることや、社会的・経済的な不安を理由にして、福音宣教をためらうべきではありません。私たちはすでに主にあって勝利している者だからです。
その勝利が完全に現される日まで、主の側に立ち続け、忠実に歩んでいきましょう。
3.まとめ
伝道は、時に経済的・社会的な反発を引き起こします。
それでも私たちは恐れず福音を伝え続けましょう。
福音を伝える聖徒は、必ず主にあって真の成功へと導かれます。


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