20250531土曜祈祷会
聖書:列王記上12:1-15
人物:レハベアム―仕える姿を選択しよう
説教:高曜翰 副牧師
場所:大阪中央教会
1.レハベアム
(1)生い立ち
レハベアムは、ソロモンとアンモン人の母ナアマとの間に生まれた息子でした。
アンモン人やモアブ人はロトの子孫であり、血縁的には近い存在ですが、律法においては主の会衆に加わることが許されていない、霊的には敵ともいえる存在でした。
彼はまた、ソロモンの壮大な王国と繁栄を受け継ぐ立場にありました。ソロモンの死後、全イスラエルはレハベアムを王にしようとしました(12章1節)。
しかしその王国は、見かけは繁栄しているものの、霊的にはすでに土台が崩れかけていました。
ソロモンはモアブの神ケモシやアンモンの神モレクのために高き所を築き(11章7節)、主はヤラベアムを立てて国を分裂させることを決められました(11章31節)。さらに、ソロモンはヤラベアムを殺そうとしたのです(11章40節)。
(2)第一回目の会議
人々はヤラベアムを代表者として立て、レハベアムに直談判しました。これは、すでに王の権威が絶対的ではなかったことを示しています。
人々はこう訴えました。
「ソロモンは私たちに重いくびきを負わせました。そのくびきを軽くしてください。そうすれば私たちはあなたに仕えます。」
これに対しレハベアムは、「三日後にまた来なさい」と答えました。すぐに返答せず、考える時間を取った点は評価できる姿勢でした。
(3)相談
レハベアムは二つの助言を受けます。
まず、ソロモンに仕えていた年配の長老たちに相談しました。
彼らは、「もし王が民に仕え、願いを聞き、優しい言葉をかけるなら、彼らは永遠にあなたのしもべとなるでしょう」と助言しました。これは、仕えるリーダーシップ、すなわちイエスの姿を思わせるものでした。
次に、共に育った若者たちの助言を聞きました。
彼らは、「父は重いくびきを負わせたが、私はさらに重くする。父は鞭で打ったが、私はサソリで打つ、と言いなさい」と勧めました。これは恐怖による支配であり、イエスの姿とは正反対のものです。
レハベアムは長老ではなく、若者たちの言葉を採用しました。それは、自分の思いと一致していたからであり、最初から答えが決まっていて、変えるつもりがなかったとも言えます。
(4)第二回目の会議
三日後、再び集まった人々に対して、レハベアムは厳しい言葉で答えました。
その結果、人々の訴えは完全に無視されることになりました。
そしてこの出来事を通して、ヤラベアムによる国の分裂という神の計画が実行されていくことになったのです。
2.悔い改め、仕えるリーダーになろう
「あなたがたの知っているとおり、異邦人の支配者たちはその民を治め、また偉い人たちは、その民の上に権力をふるっている。あなたがたの間ではそうであってはならない。かえって、あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、仕える人となり、かしらになりたいと思う者は、僕とならねばならない。」
(マタイ20章25〜27節)
(1)この世のリーダー
この世のリーダーは、権力を振るい、恐怖によって人々を支配しようとします。
カリスマ性や強い力が求められ、失敗は許されないとされます。
しかし、そのような支配では真の平和を生み出すことはできません。
(2)神の国のリーダー
神の国のリーダーは、仕える者となり、しもべとなります。
そこには奉仕する心が求められ、悔い改めが不可欠です。
私たちはしばしば、権力や肩書を人を支配するために使ってしまいがちですが、本来それらは人を育てるために与えられているものです。
(3)レハベアムの失敗から学ぶこと
レハベアムの姿から、私たちは三つのことを学ぶことができます。
第一に、悔い改める機会を逃さないことです。
第二に、人に仕えてもらおうとするのではなく、自ら人に仕えることです。
そしてこれらを心に留め、神の国にふさわしいリーダーとなることが求められています。


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