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テオピロへ(使徒1:1-2)
고요한 2026-03-23 추천 0 댓글 0 조회 14

 

20250608日曜礼拝

聖書:使徒1:1-2
題目:テオピロへ
説教:高曜翰 副牧師

場所:Jesus Love Church


聖書朗読(使徒の働き1:1–2)

「テオピロよ、わたしは先に第一巻を著して、イエスが行い、また教えはじめてから、お選びになった使徒たちに聖霊によって命じ、天に上げられた日までのことを、ことごとく記した。」


1.自己紹介

皆さん、こんにちは。私は以前、このイェスサラン教会で約2年半、伝道師として仕えていた高曜翰と申します。再びフィラデルフィアにあるイェスサラン教会の講壇に立つことができたことを、天の父なる神様に、そして金ゴン牧師と聖徒の皆様に心から感謝いたします。

神学校を卒業した後、私は日本の大阪に戻り、父が牧会している大阪中央教会で奉仕を始めました。しかし神様の導きによって、韓国の中央聖書教会で青年部の担当牧師として2年間仕えることになりました。最初は気が進みませんでしたが、行きたくても簡単に行ける場所ではないと感じ、聖霊の導きと信じて韓国へ向かいました。

韓国での生活は決して簡単ではありませんでした。しかしその中で、私は妻と出会い、結婚することができました。神様は私を訓練されただけでなく、その訓練を乗り越えるための人生の伴侶も与えてくださいました。

また、父を支援している中央聖書教会の人々がどれほど父を愛してくださっているかを知ることができました。そして私自身も、韓国語が不十分で語学的に劣っていたにもかかわらず、人々が愛と忍耐をもって耳を傾けてくれていることを知りました。そのとき、父も私も不完全な存在でありながら、人々を通して同じように神様に愛されていることを悟りました。

その結果、父に対する不満の思いは取り除かれ、以前は怒りを覚えることが多かった私が、感謝するように変えられました。これは、以前の自分からは考えられない変化でした。

神学校時代、イェスサラン教会を通して私は、「自分の計画や能力ではなく、神様の導きと力によって生きること」の大切さを学びました。人生の主権を自分で握るのではなく神様にお返しすること、善悪の基準を自分で決めるのではなく神様に従うこと。この決断の中で韓国へ行った結果、私は心を変えられ、人生の苦難を乗り越えるための大きな恵みを受けることができました。

今日お伝えしたいのは、「神様のしもべとして生きることは決して惨めな人生ではない」ということです。変えられないと思っていた自分が神様によって変えられ、たとえ何も持っていなくても平安に生きることができるのです。このメッセージが皆さんの人生を変えるきっかけとなれば幸いです。


2.テオピロの変化

『使徒の働き』を書いたルカは医者であり歴史家であり、パウロの同伴者でした。彼はパウロが殉教するまで共に行動しました。また、ルカは聖書で唯一の異邦人著者であり、新約聖書の約25%を記しています。パウロの書簡と合わせると、新約聖書の半分以上を占めています。

ここで「最初に書かれた書物」とは『ルカによる福音書』のことです。『使徒の働き』はテオピロという人物に宛てて書かれていますが、この名前は実在の個人名ではなく、称号であると考えられています。「テオピロ」はギリシャ語で「神(セオス)」と「友(フィロス)」を組み合わせた言葉であり、ローマの支配階級に与えられる称号でした。

ルカが実名ではなく称号で呼んだのは、ローマの高官が公然とイエス・キリストを信じることが難しい時代背景があったためです。

ルカはこの書簡を通して、「主(キュリオス)」とはローマ皇帝ではなくイエス・キリストであること、「良い知らせ(ユアンゲリオン)」はローマ皇帝によるものではなくイエス・キリストによるものであることを伝えようとしました。

ローマ帝国における「ユアンゲリオン」は、皇帝に主権を委ねることで平和を得るという思想でした。しかし聖書における福音は、神に主権をお返しすることで真の平和が与えられるというメッセージです。

ここで重要なのは、テオピロの変化です。『ルカによる福音書』1章3節では「テオピロ閣下」と呼ばれていたのに対し、『使徒の働き』1章1節では「テオピロよ」と呼ばれています。これは、彼が単なる高官ではなく、同じ信仰を持つ兄弟へと変えられたことを意味します。求道者であった彼は、神の言葉によって新しく生まれ変わったのです。


3.人生を変えるのは神の言葉

「神の言は生きていて、力があり、もろ刃の剣よりも鋭くて、精神と霊魂、関節と骨髄とを切り離すまでに刺し通し、心の思いと志とを見分けることができる。」(ヘブル4:12)

ヘブル人への手紙は、ユダヤ人背景を持つクリスチャンに向けて書かれました。彼らは迫害や圧力の中で、再び律法主義に戻ろうとする誘惑にさらされていました。それを防ぐために、この手紙は「神の言葉の力」を強調しています。

神の言葉は単なる古い文章ではなく、「今も生きて働くもの」です。それは情報ではなく、人を変える力そのものです。

また、神の言葉は人の最も深い内面にまで届きます。自分でも気づかない思いや動機までも明らかにし、心の奥底を見分けます。表面的な信仰ではなく、本当の思いを照らし出すのです。

その過程には痛みが伴います。しかしその痛みを通して、私たちは本当に進むべき道を知ることができます。


4.どのように生きるべきか

人生を変えるのは、自分の能力や努力ではなく、神の言葉です。テオピロが変えられたように、私自身も神の言葉によって変えられました。韓国に導かれ、考えが変えられ、伴侶が与えられたのも、神の言葉に従った結果です。

神の言葉は知識ではなく、人を刺し通し、変える「生きた言葉」です。

テオピロはもはや「閣下」と呼ばれることに価値を見出す存在ではなくなりました。神の言葉による痛みを通して、真の変化を経験したのです。

また、人生の変化は「どのように」ではなく「なぜ」によって起こります。神様は大きな成果を求めておられるのではなく、イエスのようなしもべとして生きることを求めておられます。

神様を自分の願いを叶える手段として利用してはなりません。神様は自動販売機ではありません。そのような信仰では人生は変わりません。

私たちは「なぜ生きるのか」を神の言葉によって知る必要があります。そのとき、人生の変化が始まるのです。


5.人生が変えられた人(たとえ話)

ある旅人が旅の途中で、大きな建物を建てている人々に出会いました。三人のレンガを積む男に「何をしているのですか」と尋ねました。

一人目は「レンガを積んでいるだけだ」と答え、不満を口にしました。
二人目は「壁を作っている。これが仕事だ」と言い、家族のために働いていることに満足していました。
三人目は「大聖堂を建てている。人々が祝福され、癒される場所だ」と喜びをもって語りました。

同じ働きでも、その人の心によって人生は全く異なります。皆さんには、この三人目のような人生を歩んでほしいのです。そして、そのために必要なのは神の言葉です。


6.まとめ

自分の考えや言葉を手放し、神の言葉を心の深くに受け入れてください。痛みは伴いますが、その御言葉が心の中の不要なものを取り除き、人生に意味を与えます。

なぜ自分が救われ、今生かされているのかが分かるようになります。過去も未来も、神の言葉は必ず人生を変える力となります。それを信じてください。


大阪中央教会のビジョン

① 日本人と子どもたちへの伝道 

② 御言葉によって一人ひとりの人生が変えられる教会​ 

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