20250620早天祈祷会
聖書:使徒17:29-34
題目:悔い改めと復活
賛美:452、453
説教:高曜翰 牧師
場所:大阪中央教会
1.本文解説
① 神の子孫であるゆえに、神を偶像と同一視してはならない
パウロは、人間が神の子孫である以上、神を人間の技術や考えによって造られた金や銀、石の像と同じように考えてはならないと語りました。
人間は像を作ることはできますが、神は人間を造られた方です。その神を像として表現することは本来不可能です。これまで神は人間の無知の時代を見過ごしておられましたが、今はすべての人に悔い改めを命じておられます。
なぜなら、神がこの世界を義によってさばかれる日が定められているからです。
② 復活によって示された裁きの日
神はお選びになった方を通して世界をさばく日を定め、その確証として、その方を死者の中からよみがえらせました。すなわち、イエス・キリストの復活が、すべての人に与えられた確かな証拠なのです。
しかし、この教えはギリシャ人にとって受け入れがたいものでした。彼らは個人的な裁きという概念を受け入れにくく、また肉体から解放されることを理想としていたため、「復活」という考えを理解することができませんでした。
そのため、悔い改めと復活について語られたとき、人々は聞くことをやめ、ある者はあざ笑い、ある者は先延ばしにしました。
③ 少数の人々が信じた
このような反応の中で、パウロはその場を離れました。大多数の人々は福音を受け入れませんでしたが、それでも信じた人々がいました。
アレオパゴスの議員の一人であるデオヌシオや、ダマリスという女性、そして他にも数人の人々が信仰に導かれました。これにより、パウロの教えは危険なものではないと判断され、彼は解放されました。
アテネの人々は議論することは好みましたが、実際に行動に移すことには消極的であったと言えます。
④ アテネ伝道の評価
アテネは、パウロがマケドニアに渡ってから初めて迫害を受けることなく次の町へ移動できた場所でした。一方で、大きな実りがあったわけではありません。
しかし後の歴史を見ると、アテネには教会が生まれており、この働きが無駄ではなかったことが分かります。パウロは与えられた状況の中で、できる限りのことを成し遂げたのです。
2.適用
① 結果を神に委ねて宣教を続ける
パウロはアレオパゴスに連れて来られ、危険な状況の中でも福音を語りました。人々の関心を引くことには成功しましたが、悔い改めと復活という核心に触れたとき、多くの人々は離れていきました。その結果、アテネでの伝道は目に見える実りが少ないものとなりました。
しかしこれはパウロだけではありません。イエスもまた同じ経験をされました。五千人の給食の後、人々はイエスを王にしようとしましたが、イエスはそれを避けられました。そして「わたしの肉と血を食べる」という言葉を語られたとき、多くの人々が離れていきました。最終的に残ったのは、ペテロたち少数の弟子たちでした。
私たちもまた、人々が離れることを恐れてはなりません。文化に合わせて福音を語ることは大切ですが、結果が見え始めたときに、それを失うことを恐れて福音の核心を語らなくなる危険があります。
たとえ人々が離れたとしても、パウロやイエスのように、悔い改めと復活という真理を語り続ける必要があります。
3.まとめ
パウロは知恵をもって人々の関心を引くことができましたが、悔い改めや復活という福音の核心において、多くの人々は離れていきました。しかし、その中でも確かに救われる者が起こされました。
私たちも結果にとらわれることなく、福音を語り続けていきましょう。必ず神が救われる者を起こしてくださるのです。


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