20250627早天祈祷会
聖書:使徒18:19-22
題目:人の期待より、神の御心
賛美:515、516
説教:高曜翰 牧師
場所:大阪中央教会
1.本文解説
① パウロたちはエペソに到着した
パウロたちはアンテオケへ向かう途中、エペソに立ち寄りました。ケンクレアとエペソを結ぶ航路はエーゲ海でも特に往来が多く、エペソはヨーロッパとアジアを結ぶ重要な都市でした。人口は20〜25万人ほどで、アカヤ州の首都コリントと同規模の大都市でした。
この町は商業的に繁栄していただけでなく、宗教的にも影響力があり、コリントがアフロディーテ信仰であったのに対し、エペソはアルテミス信仰の中心地でした。そのため、同じように霊的・道徳的には堕落した面も持っていました。
パウロはプリスキラとアクラをエペソに残し、自分は一人で会堂に入り、ユダヤ人たちと論じました。彼は限られた時間さえも無駄にせず、船の出航までの間を伝道に用いたのです。
② ユダヤ人たちの良い反応とパウロの決断
エペソのユダヤ人たちは、他の町とは異なり、パウロの話に強い関心を示しました。そして、さらに長く滞在するように願いました。
しかしパウロはその願いを受け入れませんでした。そして、「神の御心であれば、また戻って来ます」と言って別れを告げました。
これは単なる社交辞令ではなく、神の導きに従う信仰の告白でした。実際にパウロは後にエペソへ戻ってきますが、この時点では人々の期待よりも神の御心を優先したのです。
③ カイザリヤ、エルサレム、アンテオケへ
パウロはエペソを出発し、カイザリヤに上陸しました。本来アンテオケへ向かうならシリアのセルキヤに行くのが自然ですが、彼はまずエルサレムに上りました。これはエルサレム教会に宣教報告をするためであったと考えられます。
その後、アンテオケに下り、ここで第二次宣教旅行は終わります。この旅は約2年半にわたり、約4,500kmにも及ぶ長い宣教の歩みでした。
2.適用
① 宣教において大切なのは、人の心ではなく神の御心
パウロの第二宣教旅行は、一貫して神の御心に従う歩みでした。
かつて彼はエペソに行こうとしましたが、聖霊によって禁じられました。その代わりにマケドニアへ導かれ、ヨーロッパでの宣教が始まりました。しかしそこでは多くの苦難も経験しました。
今回のエペソでの良い反応を見ると、「あの時エペソに行けていればもっと成果があったのではないか」と人間的には思えるかもしれません。しかしパウロはそのようには考えませんでした。
彼の基準は成功や結果ではなく、「神が望まれるかどうか」でした。
「他人の土台の上に建てることをしないで、キリストの御名がまだ伝えられていない所に福音を宣べ伝えること」(ローマ15:20)
また彼はこうも語っています。
「御霊に迫られてエルサレムへ行く…この命も惜しくない」(使徒20:22-24)
パウロにとって最も重要なのは、安全でも成果でもなく、神から与えられた使命だったのです。「神の御心なら」という言葉は、その信仰の姿勢をよく表しています。
② イエスもまた神の御心に従われた
イエスもまた、人の期待ではなく神の御心に従われました。
もしイエスが「わたしの肉を食べ、血を飲みなさい」と語らなければ、多くの人々は離れなかったでしょう。
もし五千人の給食の後、王として担ぎ上げられることを受け入れていれば、大きな成功を収めたように見えたでしょう。
しかしイエスはその道を選ばれませんでした。なぜなら、人の評価ではなく、神のご計画を成し遂げることが目的だったからです。
③ 私たちも神の御心を最優先にする
大阪中央教会においても同じです。私たちはしばしば「ああすればよかった」「こうすれば成功したのに」と考えがちです。
しかし本当に重要なのは、結果ではなく「神の御心にかなっていたかどうか」です。
宣教の秘訣は、ノウハウや方法論ではありません。神の時を認め、神の導きに従うことです。
3.まとめ
私たちは、結果や安全を基準に生きるのではなく、神の御心を求め続ける者でありたいと思います。
パウロのように、「神の御心なら」と歩むとき、たとえ思い通りにならないことがあっても、後悔のない伝道の人生を送ることができます。
人の期待よりも、神の御心を第一にして歩み続けましょう。


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