20250724早天祈祷会
聖書:使徒21:7–14
題目:人の心よりも主の心
賛美:452、453
説教:高曜翰 牧師
場所:大阪中央教会
1.本文解説
(1)パウロ一行の移動とピリポの家
パウロたちはツロを出発し、トレマイ、そしてカイザリヤへと移動し、そこで伝道者ピリポの家に滞在しました。
①トレマイ
トレマイはツロから南へ約40kmの場所にあるローマの植民都市で、船で移動したと考えられます。旧約時代には「アコ」と呼ばれ、現在は「アッコン」として知られています。イスラエル独立後も約30%がパレスチナ人で構成されています。地上にはオスマン帝国時代の建物が残り、地下には十字軍時代の遺跡が存在します。また、サラディンが2年かけても攻略できなかった堅固な都市でもありました。ここでもパウロたちは教会を訪ね、信徒たちのもてなしを受けました。
②カイザリヤ
カイザリヤはトレマイからさらに南へ約50kmの大都市で、ここへも船で移動したと考えられます。この町はヘロデ大王によって建設され、ローマの総督が駐在する行政の中心地でした。パウロたちは予定より1週間以上早く到着したようです。
③ピリポの家
執事であり伝道者であったピリポは、使徒行伝8章40節の後、このカイザリヤに住み続けており、約20年が経過していました。彼はこの地の教会を導いていたと考えられます。パウロとピリポがここで初めて出会ったのか、それとも以前からの知り合いであったかは明らかではありません。
(2)パウロに対する預言
①ピリポの4人の娘
ピリポには未婚の娘が4人おり、彼女たちは預言の賜物を持っていました。新約聖書がまだ完成していない時代において、預言の賜物は非常に重要であり、神の言葉を人々に伝える役割を担っていました。
②預言者アガボ
数日滞在していると、「アガボ」という預言者がユダヤからやって来ました。彼は以前、飢饉を預言し、それが実現したことで知られる人物です。今回もパウロに預言を伝えるために訪れました。
③預言の内容
アガボはパウロの帯を取り、それで自分の手足を縛るという象徴的な行動を通して預言しました。それは、「この帯の持ち主はエルサレムでユダヤ人に捕らえられ、異邦人(ローマ人)の手に引き渡される」というものでした。しかし、パウロ自身はすでにこのことを知っており、それを受け入れる覚悟を持っていました。
(3)仲間たちの制止とパウロの決意
①仲間たちの心配
この預言を聞いた同行者たちやカイザリヤの信徒たちは、パウロの身を案じ、エルサレムに行かないように強く勧めました。その中には、ルカも含まれていました。これは愛に基づく忠告ではありましたが、人間的な思いから出たものでした。
②パウロの応答
しかしパウロは、そのような勧めに対して強く反応しました。彼らの涙や言葉は、かえってパウロの心を苦しめるものでした。パウロは、自分の命よりも主イエスの御心に従うことを優先していたのです。彼は、縛られることだけでなく、死ぬことさえ覚悟していると語りました。
③最終的な結論
最終的に仲間たちはそれ以上の説得をやめ、「主の御心のままに」と言って黙りました。人間的な判断で他人の歩みを止めようとすることは、神の導きに反する危険があります。最終的に従うべきは主の御心です。
2.適用
人の心ではなく、主の心を優先する
人々はパウロを心配するあまり、エルサレム行きを止めようとしました。しかしパウロは、人の言葉ではなく主の導きに従いました。どれほど愛情のこもった助言であっても、それが主の御心に反するならば、従うべきではありません。
このことは、ペテロとイエスの関係にも見られます。ペテロはイエスを思うあまり、十字架の道を止めようとしました。しかしイエスは「サタンよ、引き下がれ」(マルコ8:33)と厳しく叱責されました。それは、その言葉が神の計画に反していたからです。そしてイエスは揺るぐことなくエルサレムへと向かわれました。
同じように、大阪中央教会もまた、人の思いではなく主の御心を優先すべきです。人はそれぞれの立場から善意で助言をしますが、相手が主に従う決断をしているならば、それを尊重し、受け入れるべきです。
しかし現実には、多くの人が感情を害し、自分を正当化し、相手を批判してしまいます。私たちはそのような人の言葉に振り回されてはなりません。むしろ教会は、神に従って進む人の道を祝福する共同体であるべきです。
3.まとめ
神の道を歩もうとする人に対しては、無理に引き止めるのではなく、ただ主の御心に委ね、「主の御心のままに」と祈りつつ、祝福をもって送り出しましょう。


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